フィクション

夢を見た

彼女は目を覚ました。起き上がり、壁にその上半身をもたせかけた。 ドキドキしている。止まらない。 目を閉じて、息をそっと吐いた。ぎこちない呼吸を繰り返す。 何度も、何度も。 何年も前に別れた恋人が夢の中に出てきた。 夢の中では平然としていた。その…

訪問者

「彼」にはこれまで3度会ったことがある。名前は分からない。今、 私なりに名づけるならば「訪問者」だろうか。5歳のとき、夕暮れ、 砂場でひとり遊んでいた私のところに彼は現れた。真夏だというの に、灰色のコートを着て幅広の帽子をかぶっていた。見上…

astronauts

目の前の風景を全て消し去ってそこには地平線が広がるようにする 窓の向こうにあってそれは水平線の方がいいんじゃないかと思うからそうする だったらこの部屋は今この瞬間から船になる 海を行くうちにそうだ、ロケットになり宇宙船になる 遠く向こうに星が…

エチュードNo.3

「春だニャー。桜が咲いてるニャー。きれいだニャー」 「おまえさ、猫同士の会話だからいちいちニャーつけなくていいよ」 「あ、そう。…それにしてもごはんはまだかなぁ」 「仮にも野良猫だからな。 家系じゃないんだから人間がくれるのをあてにしてちゃいか…

エチュード:No.2

「何時?」 「14時過ぎです」 「いや、新幹線の時間」 「17時前、…だったように思いますが、あー、えーと、見てみると16:57です」 「あと、2時間か3時間? …ああー暇だよ、暇。社員旅行ってこういうものなのか? あとは自由行動って言われてもさ、ここに何…

エチュード:No.1

「今日誰も来ないっすね」 「期末テストでしょ? キミはいいの?」 「先輩は? 推薦で決まると受けなくていいとか?」 「今更上位目指してもしょうがないし。 私の順位が下がることで誰かの自信につながるなら、 私、今、けっこういいことしてるし。…来年受…

断章

何年か前に書きかけて、途中でやめたメモ。 その前半。後半はもっとひどい。 僕はこれ以後、まともに小説を書いていない。 - 世界の終わり。30を過ぎてから、そのことばかり考えている。誤解 してほしくないのは「こんな世界は消えてなくなればいい」ってこ …

半年なのか一年なのか

日曜の夕方。いつものようにベランダに立って缶ビールを飲んでいた。 500の缶を2本目。7階。町を見下ろす。 (とは言っても目の前には高層マンションが2つも建っているのだが) すぐ足元に3階建ての灰色の建物があって、その屋上。 僕と同い年ぐらいの夫…

国境沿いの町

国境沿いの町に暮らす。川が流れている。検問所がある。兵隊が立 っている。その横で灰色の犬が伏せている。広場にトラックが到着 する。どこからか流れてきた物資が配給される。主に着古したボロ ボロの衣類たち。食器。本。群がってすぐにもなくなる。別な…

「人間狩り」的な

朝、会社に来る途中で考えていた話。ありがちですが。 あるとき、巨大な宇宙船に乗って、 文明がはるかに進んだ星から知的生命体が地球にやってくる。 各国の軍隊はいとも簡単に制圧される。 軍事施設だけではなく、エネルギー施設なんかも収容される。 各国…

カナリヤ

うたをうたう生活を続けている。 わたしなりに。 昼間の仕事があって、夜とか、日曜とか。 トモダチが演奏してくれる。わたしはそこに立つ。 歌っているときはタノシイ。いろんなことを忘れていられる。 わたしの声が宙に消える。 最近、なんのことをうたっ…

1993

九月に入るといつも思い出すことがある。 あれは僕が十八歳、上京してきてようやく東京に慣れ始めた頃の話だ。 僕は安い木造アパートの二階に住んでいた。台所と一部屋あるだけ。 エアコンもついていなかった(その年は記録的な冷夏だったからしのげた)。 …

夏の話

夏と言えば… 小さい頃に読んだ話。創作なのか実話の投稿なのか。 思い出して、脚色して書いてみます。 - 私はいつもこの時期になるとN沢へと釣りに出かけます。 山奥。渓流釣りですね。 自分で運転するのではなく、いつもは友人に乗せてもらって行きます。 …

「タイトル未定」(4.回想)

あれは私が小学校に入ったばかりの頃でした。 ママはある人のことを愛していました。 確かなことは言えませんが、ええ、そうだったと思います。 当時あの人は子供たちを連れてよく私たちの住んでいたマンションに来ていました。 子育て仲間とでも言うのでし…

「タイトル未定」(3.植物園)

日曜の午後、子供たちを連れて植物園へと向かう。 あの人もまた子供たちを連れて一緒に。 時間を決めて駅を出たところのバス停で待ち合わせをする。 あの人たちが先に来ている。子供たちが賑やかな声で挨拶をする。 あの人と目が合う。意味ありげに笑いかけ…

「タイトル未定」(2.裏返す)

そうよあのひたしかにわたしはだれかと飲みたい気分だった おとこのひとならばだれでもよかった こどもたちは部屋のなかをひっきりなしに走りまわっていて だんなはかってにひとりで飲みはじめているしつまみもつくれという そんな家にだれかをよびたかった…

「タイトル未定」(1.基本形)

金曜の夜、仕事から帰って来て着替え始める。 子供たちがすぐにもまとわりついてきた。 娘は「よんで」と自分よりも大きな絵本を床に引きずっているし、 息子は先日のプラレール博で買った「はやぶさ」を握り締めている。 汗をかいた半袖のYシャツから、ま…

サイレン

サイレンが鳴った。 工場からの帰り道、僕は自転車を押して歩いていた。 夜。町はシンと静まり返って、後はもう眠るだけ。誰もがそのまま歩き続けていた。 僕はいつものように心の中で長さを数えた。1つ、2つ、…29、30。 ジリジリとジリジリと。単調な音が…

横断歩道

オフィスの近くに女子中学校があって、 今日の朝、ああこの子一人ぼっちなんだろうなって子が ぽつんと歩いているのを見て、切ない気持ちになった。 信号が青になって仲良しグループがワイワイ騒ぎながら横断歩道を渡る。 少し離れたところに立っていたその…

天使たち

天界から舞い降りて来たのかどうかは分からないが 天使らしきものを目にしたことがある。 小さな赤ん坊のような姿で宙を漂っていた。 背中には白い羽が生えていて、優雅にばたつかせ、 フワフワした髪の毛の乗った頭の上には金色に光る輪っかが浮かんでいた…

日々の泡

僕がまだ若くて、携帯電話なんてものがなかった頃の話だ。 借りていた本を何冊か返そうと彼女の住んでいたアパートを訪れた。 いなかったら紙袋のままポストに入れておこうと思った。 チャイムを鳴らしてしばらく待ってみると、ドアが開いた。 知らない女の…

東京

会社を出た。既に日は暮れていた。 しばらく、歩きたくなった。 地下鉄に乗ったら、いつも通りの日々を繰り返すことになる。 交差点を渡る。ランニングをしている集団とすれ違う。 音楽は聴かない。今は何も考えたくはない。 皇居の周りに出る。お堀。取り囲…

日々の行方

去年のいつだったか、毎朝ホームで見かける女の子がいるということを書いた。 僕はいつも同じ時間にホームに着いて、柱の陰、同じ位置に立つ。 列の先頭で乗るために1本やり過ごす。 女の子はその時点で、僕よりも早く来て椅子に座っている。 携帯を眺めて…

続きを書いてみる

いいですか? パラレルワールドのことを話しています。 あなたには何の関係もないことかもしれません。 いいですか? 先月、海の向こうの国で戦争が始まりました。 その国は昔、ひとつの国でした。たった何十年前のことです。 そのときにも戦争がありました…

例のやつの出だしを書いてみる

世界の終わり。 30を過ぎてから、そのことばかり考えている。 誤解してほしくないのは 「こんな世界は消えてなくなればいい」って言いたいのではなく。 ただ単に、それもまたいつの日か終わりを迎えるのだ、ということ。 雨の日ではなく、よく晴れた日にその…

波打ち際

学生時代の映画サークルで、こんなことがあった。 季節はちょうど今頃、冬だった。 ある日先輩から呼ばれて、次の日曜、”ロケハン”(ロケーションハンティング) つまり、今度の映画の撮影場所を決めるためのドライブに同行することになった。 他に誰が行く…

リトル・トウキョウ

先週からトウキョウも乾季に入った。 僕は相変わらずくたびれたアロハシャツを着ていた。 今日の朝、モノレールに乗った。 窓辺に立ったまま、向こう岸に生い茂る砂っぽい木々を眺める。 サルの群れが樹上でうごめいていた。 鳥たちがその上を旋回する。 僕…

水曜の朝、午前3時

…目が覚めた。 部屋。…の中。明るい、消さずに寝てしまったのか。 あーあ何やってんだか… …意識が、はっきりしてくる。 起き上がろうとして、ふと思う。 僕はいつ、目蓋を開けたのか。最初から開いていた。 それはフェードインしてきた。暗闇から。徐々に。…

こういう作品を書こうと思う。

こういう作品を書こうと思う。 何かに出会うんだけど、それが何なのかわからない。 何かが変わるんだけど、それが何なのかわからない。 得体の知れない不安や恐れ。 だけどそれは常に水面下にあって、決して表には出ない。 なんだか、もどかしい。 いくつか…

雪の降る街 書き直し(断片)

東京には雪が降らない。 「そんなのおかしい」とあなたは言うだろう。 年に二回か三回は降っているし、電車だって止まっている。 そのうち一回は降り積もって一面雪景色になる。 だけど僕に言わせればあれは雪だけど雪じゃない。 雪とは本来、もっと不気味で…